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最近、何かで読みました。エンマ大王はどうやって死者の善悪を調べるのか。生前人にしてもらった事を、天秤秤の片方にのせて、もう片方にしてあげた事をのせます。してもらった事の方が多いか、してあげた事の方が多いか。してもらった事の方が多い人は地獄へ、してあげた事の方が多い人は天国へ。簡単に調べられるそうです。

ほとんどの人が、してもらった事の方が多いのではないでしょうか。特に男性はしてもらう事に慣れています。時間になれば、食事やコーヒーが出てくる。部屋や衣類は放っておいてもきれいになっている。天秤がしてもらった事に傾いています。

欲しい欲しいともらってばかりいないで、あげることにハンドルをきる時です。

まずは、家族にお茶の一杯から・・・

七仏通誡の偈

2021-09-12

仏教には、八万四千の教えがあると言われます。結局、何の教えなのかと、よく聞かれます。

七仏通誡の偈というものがあります。

 

悪いことはしない。

善いことをする。

自分の心を清らかにする。

これが仏教である。

 

これだけの教えです。

 

唐の時代、道林禅師が詩人の白居易の質問に答えています。

仏教の大意とは何でしょうか?

悪い事をせず善いことをする。

そのようなことは、三歳の幼児でも言えるでしょう。

三歳の子供でも知っているが、八十歳の老人でも実践するのは難しい。

 

悪い事をせず善いことをする。簡単で当たり前なことですが、実践するのはなかなか難しいことです。他人のためになる事を、何かしてみましょう。

人が亡くなることを仏教では、帰元とか帰空と言います。元へ帰る。空に帰る。

仏教では人の死を帰ることととらえます。どこへ帰るのか。生まれる以前のところへ帰ります。

その世界では、この小さな身体は無くなりますが、代わりに世界すべてになります。

良寛さんの歌にこういうのがあります。

形見とて 何か残さむ

春は花 夏ほととぎす 秋はもみじ葉

死の前に形見を乞われた良寛さんが、自分は死んでいなくなってしまうが、その代わりにこの世界すべてになると答えた歌です。これは、良寛さんだけのことではなく、故人も同じです。

ですから、春に美しい花を見たら故人を思い出してください。夏にきれいな鳥の声を聞いたら、故人を思い出してください。秋に色ずく紅葉を見たら故人を思い出してください。故人はそこにいらっしゃいます。

白木の位牌

2021-09-11

葬儀で使う位牌を白木の位牌と言います。

白木の位牌の頭には、帰元と書きます。帰元とは、元に帰るということです。人は死んでどこに帰るのかと言うと、生まれる前に帰ります。私たちは、そこから生まれて来たのです。

こんな歌が残っています。

  阿字の子が 阿字のふるさと立ち出でて

   また立ち帰る 阿字のふるさと

阿字というのは、命の根源・仏のことです。

私たちは、仏から生まれ、仏に帰ります。生きている間のあれこれの悩みも、みな仏の中の出来事です。安心して悩めば良いのです。

知恵と智慧

2021-07-4

『ちえ』には二つあります。知恵と智慧です。

知恵は言わばカミソリで、よく切れますが、

薄く欠けやすく出来ています。

一方、智慧は厚く重く出来ている斧のようなものです。紙は切れませんが、木を切ることが

出来ます。

この二つは、使うところが違います。

歳をとるということは、薄いカミソリが厚い斧になっていくようなものです。新しいことは若いカミソリにまかせて、斧は人生という木を相手にしましょう。

 

 

語録提唱再開

2021-04-26

黄檗禅師の伝心法要で提唱していない所を

少しずつお話いたします。

 

和顔愛語

2020-09-7

和顔愛語とは思いやりの心です。笑顔や優しい言葉で他人に接する態度のことで、布施のひとつとされています。

世間はコロナウィルスで大騒ぎです。中には、罹患した方や医療従事者に厳しく対する方もいるようです。どんなに注意を払っていても罹ってしまうのが、このウィルスです。ここは思いやりの心の出番です。

和顔愛語の心で、笑顔や優しい言葉で人と接しましょう。他者への思いやりが、自分に対する執着を薄め、自分の心を調えることにもつながります。

 

住職の体調が調わず、最近、入院や発熱を繰り返しており、責任をもって坐禅会や写経会を続けることが難しくなりました。事情をお察しください。

今後、どういう布教ができるか、今は思案中です。

 

 

 

八正道

2020-02-14

自分なりに八正道を解釈したものです。
八正道を正定に至る道とみるだけでなく、最後の正定により、初めの正見も深まるという、循環構造としてとらえました。
  
正見
そのまま見る。 己の見解を入れずに見る。
  
正思惟
思惟のない状態。 無心。
  
正語
言語の分節作用をよく理解する。
なおかつ普段の言葉遣いに注意する。
  
正業
作為のない行為。
普段の行為にも注意する。
  
正命
本来、すべての仕事は正命である。
自分の仕事に成りきること。
  
正精進
成りきる努力。徹する工夫。
   
正念
自己の見解を入れないで行為する事。
分別、解釈、思慮せずにありのままにある。
  
正定
成りきった境地。徹した境地。

六根

2020-02-5

六根(六つの感覚器官)
眼・耳・鼻・舌・身・意

眼に対しては色があり、耳に対しては音があり、鼻に対しては匂いがあり、舌に対しては味があり、身体に対しては接触感があり、意識に対しては存在があります。外の世界に対する六つの感覚器官が六根です。
人間は生まれる時、この六根だけを持って生まれてきました。真理を知りたければ、この六根の働きに任せきる。ころころと六根の動き働くままに任せきる。本当に心の手を放して、ただ六根の働きのままにある。
今の山梨県塩山市に向嶽寺という小さな本山があります。そこの抜隊得勝禅師という方に『塩山かな法語』という本があります。抜隊得勝禅師は、「見る者は何物、聞く者は何物」という公案で弟子たちを導きました。ただ見る者は何物、聞く者は何物と工夫する。
さて、何が見ているのか、何が聞いているのか。見る者は誰ぞ、聞くものは誰ぞ。寝てもさめても、見る者は誰ぞ、聞くものは誰ぞ、と。正解などありません。ただ、誰ぞー誰ぞーと己に問うているうちに、己が大きな?マークになります。三昧の?マークです。すると、答えは質問にあった、ということが分かり、そこに解決があります。