お知らせ

お知らせ

お知らせ一覧

自力と他力

2016-06-9

よく禅宗は自力、真宗は他力の宗教などといわれていますが、そんな簡単なものではありません。
本気で修行する者は、見性や回心の前に自力・他力の違いを超えます。
道元禅師は「自己を運びて万法を修証するは迷いなり、万法来たりて自己を修証するは悟りなり」と言っています。
悟りは向こうから来るのです。まさに他力の心境です。しかし、そうなる為には大変な修行が必要です。
自力の果てに他力にいたり、他力の裏づけには厳しい自力があります。

花祭り

2016-04-11

4月8日はお釈迦様の誕生日、降誕会です。花御堂に小さな誕生仏をおまつりして甘茶をかけて供養をします。
仏伝ではお釈迦様は生まれてすぐ立ち上がり、7歩歩いて「天上天下唯我独尊」(この世界で自分独り尊い)と叫んだと伝えられています。
しかし、そんな人間はいません。お釈迦様も「オギャー、オギャー」と産声を上げて生まれたのです。
その「オギャー、オギャー」を翻訳すると「天上天下唯我独尊」になります。
私たち禅宗では、坐禅により意識以前の世界に帰ります。その世界では自分と世界がまだ別れていません。自分が世界であり、全世界が自分です。
生まれたばかりの赤ん坊には、自我意識も世界の認識もありません。まさに全世界が自分、自他一如の世界、私たち禅僧が求める境地にいます。
全世界が自分である。これが「オギャー、オギャー」の産声であり「天上天下唯我独尊」の本当の意味です。

大いなる命

2016-03-31

大いなる ものに抱かれ ある事を
今朝吹く風の 涼しさに知る 
昭和の名僧、山田無文老師の歌です。

大いなるもの、大いなる命。
私たちはそこから生まれ、
それに支えられて生き、
やがてはそこへ帰ってゆく。
仏教では人間の生死をそのように教えています。

この大いなるものを、坐禅によって直覚してください。

観音菩薩は慈悲の心を象徴した仏様です。慈悲心がお姿を持ったのが観音様です。

さて慈悲心とは何でしょうか。それは共感する心のことです。他人の喜びをともに喜び、他人の悲しみをともに悲しむ心。例えれば、病気の子供の苦しみを我がことのように苦しみ、子供の喜びを我がことのように喜ぶ母親の心、それが慈悲心です。

観音様は、その母親のような心で、すべての生命を見つめています。

お彼岸と中道

2015-09-23

今日はお彼岸の中日です。たくさんの檀家さんのお参りがありました。

このお彼岸は、日本だけの仏教行事です。昼夜の時間が同じという事から

「中道」を象徴したものだと考えられます。

さて、中道とは何でしょうか?

私たちは、分別の心で世界を二つに分けてしまいます。

善と悪、損と得、生と死、有と無、自分と世界・・・と、すべてのことを相対的に捕らえるのが迷いです。

そのどちらにも囚われない境地が中道です。

そのために禅宗では坐禅を組みます。坐禅で自己の忘じ去り、天地と一体の境地になる。

天地と我と同根、万物と我と一体。この境地が本当の「彼岸」であり「中道」です。