語録提唱

語録提唱

四十則 趯倒浄瓶(てきとうじんびん)

2016-03-3

四十則 趯倒浄瓶(てきとうじんびん) 潙山(いさん)和尚,始め百丈(ひゃくじょう)の会中(えちゅう)に在って典(てん)座(ぞ)に充(あ)つ。百丈,将に大潙(だいい)の主人を選ばんとす。 乃ち請(こ)う首座(しゅそ)と同じく衆に対して下語(あぎょ)して,出格の者往く可し。百丈遂(つい)に浄(じん)瓶(びん)を拈(ねん)じて,地上に置いて問を設けて云く,喚んで浄瓶と作(な)すことを得(え)ざれ。汝喚んで甚麼(なん)とか作す。首座乃ち云く,喚んで木突(ぼくとつ)と作す可からず。百丈却(かえ)って山に問う。山乃ち浄瓶を趯倒(てきとう)して去る。百丈笑って云く,第一座, 山子(さんす)に輸却(ゆきゃく)...

第三十九則 雲門話墮(うんもんわだ) 

2016-01-21

三十九 雲門話墮(うんもんわだ)  雲門(うんもん)、因(ちな)みに僧問う、光明(こうみょう)寂照(じゃくしょう)遍(へん)河沙(がしゃ)。一句未だ絶えざるに門遽(にわか)に曰く、豈(あ)に是れ張拙(ちょうせつ)秀才が語にあらずや。僧云く、是(ぜ)。門云く、話墮(わだ)せり。後来(こうらい)、死心(ししん)拈じて云く、且(しばら)く道(い)え、那裏(なり)か是れ者(こ)の僧話墮の処。 無門曰く、若(も)し者裏(じゃり)に向かって雲門の用処(ゆうじょ)孤危(こき)、者(こ)の僧甚(なん)に因(よ)ってか話墮すと見得(けんとく)せば、人天の与(ため)に師と為(な)るに堪えん。若(も)し也た未だ明め...

第三十八則 牛過窓櫺(ぎゅうかそうれい)

2016-01-21

三十八 牛過窓櫺(ぎゅうかそうれい)  五祖曰く,譬(たと)えば水牯牛(すいこぎゅう)の窓櫺(そうれい)を過ぐるが如く,頭角(ずかく)四蹄(してい)都(す)べて過ぎ了(おわ)る,甚麼(なん)に因(よ)ってか尾巴(びは)過ぐることを得ざる。  無門曰く,若(も)し者裏(じゃり)に向かって顛倒(てんどう)して,一隻眼(いっせきげん)を著得(じゃくとく)し,一転語(いってんご)を下し得ば,以って上四恩に報じ,下三有を資(たす)くべし。其れ或いは未だ然(しか)らずんば,更に須らく尾巴を照顧(しょうこ)して始めて得べし。 頌(じゅ)に曰く,  過ぎ去れば抗塹(きょうぜん)に堕(お)ち,回(かえ)り来たれ...

第三十七則 庭前柏樹(ていぜんはくじゅ)

2015-12-23

三十七 庭前柏樹 趙州(じょうしゅう),因みに僧問う,如何(いか)なるか是れ祖師(そし)西来(せいらい)意(い)。州云く,庭前の柏樹子。 無門曰く,若(も)し趙州の答処(たっしょ)に向かって見得して親切ならば,前に釈迦無く後(しりえ)に弥勒無し。   頌(じゅ)に曰く, 言(げん),事(じ)を展(の)ぶること無く,語,機に投ぜず。 言を承(う)くる者は喪(そう)し,句に滞(とどこお)る者は迷う。   庭先のビャクシンの樹という則です。趙州和尚にある時修行僧が質問をした。達磨大師がはるばるインドからいらしたのは,何を伝えようとしたのでしょうか。趙州がそれに答えて曰く,庭先のビャクシンの樹。 そこ...

第三十六則 路逢達道(ろほうたつどう)

2015-12-23

三十六 路逢達道  五祖曰く,路に達道の人に逢わば,語黙(ごもく)を将(も)って対せざれ,且(しばら)く道(い)え,甚麼(なに)を将ってか対せん。 無門曰く,若(も)し者裏(じゃり)に向かって対得して親切ならば,妨げず慶快なることを。其れ或いは未だ然らずんば,也(ま)た須(すべか)らく一切処に眼を著くべし。  頌(じゅ)に曰く, 路に達道の人に逢わば,語默を将って対せざれ。 攔腮(らんさい)劈面(へきめん)に拳す,直下に会せば便ち会せよ。 五祖法演禅師が修行僧達に言うには,道に達した人に出会ったならば,言葉や沈黙で相対してはならない。さて何をもって相対したら良かろうか。 そこを無門和尚が評して...

第三十五則 倩女離魂(せいじょりこん)

2015-12-23

三十五 倩女離魂 五祖,僧に問うて云く,倩女離魂,那箇(なこ)か是れ真底(しんてい)。 無門曰く,若(も)し者裏に向かって真底を悟り得ば,便ち知る殻を出て殻に入ることは,旅舎に宿するが如くなることを。其れ或いは未だ然(しか)らずんば,切に乱走すること莫(なか)れ。驀(まく)然として地水火風一散せば,湯に落つる螃蟹(ぼうかい)の七手八脚なるが如くならん。那時言うこと莫れ,道(い)わじと。  頌(じゅ)に曰く,  雲月是れ同じ,渓山各の異なる。 萬福萬福,是れ一か是れ二か。   五祖法演禅師が雲水に質問した。倩(せい)という娘の魂が離れて二人になってしまった。さてどちらが本物であろうか。...

第三十四則 智不是道(ちふぜどう)

2015-10-23

南泉(なんせん)云く,心は是れ仏にあらず。智は是れ道(どう)にあらず。 無門曰く,南泉謂(いっ)つべし,老いて羞(しゅう)を識らず。纔(わず)かに臭口を開いて家醜(かしゅう)を外に揚(あ)ぐ。然も是の如くなりと雖(いえど)も,恩を知る者は少なし。   頌(じゅ)に曰く,  天晴れて日頭(にっとう)出で,雨下って地上湿う。 情を尽くして都(すべ)て説き了る,只だ恐る信不及(しんふぎゅう)なることを。 南泉和尚云く,心は仏ではない,智は道ではない。 そこを無門が評して,南泉も年老いて恥知らずなことをする。臭い口を開いて家の恥を外に漏らした。しかしその恩を知る者は少ない。 そこを漢詩に詠って,天が晴...

第三十三則 非心非仏(ひしんひぶつ)

2015-10-22

馬祖(ばそ),因(ちな)みに僧問う,如何(いか)なるか是れ仏(ほとけ)。祖曰く,非心非仏(ひしんひぶつ)。  無門曰く,若(も)し者裏(じゃり)に向かって見得(けんとく)せば,参学(さんがく)の事(じ)畢(おわ)んぬ。   頌(じゅ)に曰く,  路(みち)に剣客(けんかく)に逢(あ)わば須(すべか)らく呈すべし。 詩人に遇(あ)わずんば献ずること莫(なか)れ。 人に逢わば且(か)つ三分(さんぶ)を説け。 未(いま)だ全く一片を施すべからず。  まずは,簡単にあらすじをお話しいたします。 馬祖道一(どういつ)禅師に修行僧が質問した。仏とは何でしょうか。馬祖が答えて曰わく,心ではない,仏ではない。...

無門関第三十二則 外道門仏(げどうもんぶつ)

2015-10-22

世尊(せそん),因(ちな)みに外道(げどう)問う,有言(うごん)を問わず,無言(むごん)を問わず。世尊座(ざ)に拠(よ)る。外道讃歎して云く,世尊大慈大悲,我が迷雲を開き,我をして得入せしむ。乃ち礼を具(ぐ)して去る。阿難(あなん)尋(つ)いで仏に問う,外道に何の所証(しょしょう)か有って讃歎して去る。世尊云く,世の良馬(りょうめ)の鞭影(べんえい)を見て行くが如し。 無門曰く,阿難は乃ち仏弟子,宛(あた)かも外道の見解に如(し)かず。且(しばら)く道(い)え,外道と仏弟子と相い去ること多少ぞ。   頌(じゅ)に曰く, 劍刃上(けんにんじょう)に行き,氷稜上(ひょうりょうじょう)に走(わし)る...

無門関第三十一則 趙州勘婆(じょうしゅうかんば)

2015-08-3

趙州(じょうしゅう),因(ちなみ)に僧婆子(ばす)に問う,台山(たいざん)の路(みち),甚(いずれ)の処(ところ)に向かってか去る。  婆云く,驀直(まくじき)に去れ。僧纔(わず)かに行くこと三五歩。 婆云く,好箇(こうこ)の師僧(しそう),又た恁麼(いんも)にし去る。後に僧有り,州に挙似(こじ)す。州云く,待て,我れ去って你(なんじ)が与に這(こ)の婆子を勘過せん。明日便ち去って亦(ま)た是の如く問う。婆も亦た是の如く答う。州帰って衆に謂(い)って曰く,台山の婆子,我れ你(なんじ)が与(ため)に勘破(かんぱ)し了(おわ)れり。 無門(むもん)曰く,婆子只だ坐(い)ながら帷幄(いあく)に籌(は...