第二則 百丈野狐

語録提唱

第二則 百丈野狐

2019-10-25

第二則 百丈野(や)狐(こ)
百丈和尚、凡(およ)そ参の次(ついで)、一老人有って、常に衆に隨って法を聴く。衆人退(しりぞ)けば、老人亦(また)退く。忽(たちま)ち一日退かず。師遂(つい)に問ふ、面前に立つ者は復(また)是れ何人(なんぴと)ぞ。老人云く、諾(だく)、某(それ)甲(がし)は非人なり。過去迦葉佛(かしょうぶつ)の時に於いて、曾(かつ)て此山に住す。因(ちな)みに学人問う、大修行底(てい)の人、還(かえ)って因果に落つるや也(また)無や。某甲対(こた)えて云く、不落因果と、五百生(しょう)野(や)狐(こ)身(しん)に墮す。今請ふ和尚一転語(いってんご)を代って、貴(たっと)ぶらくは野狐を脱せしめよと。遂(つい)に問う、大修行底の人、還って因果に落つるや也無や。師云く、不昧(ふまい)因果と。老人言下(ごんか)に於いて大悟す。作礼(さらい)して云く、某甲已(すで)に野狐身を脱して、山後(さんご)に住(じゅう)在(ざい)す。敢(あ)えて和尚に告ぐ。乞う亡僧(もうそう)の事例に依(よ)れ。師、維那(いのう)をして白槌(びゃくつい)して衆(しゅ)に告げしむ、食後(じきご)に亡僧を送らんと。大衆言(ごん)議(ぎ)す、一衆皆安し、涅槃(ねはん)堂に又人の病む無し。何が故ぞ是(かく)の如くなる。食後に只(ただ)師の衆を領じて、山後の巌下(がんか)に至り、杖(つえ)を以て一死(いっし)の野狐を挑出(ちょうしゅつ)し、乃(すなわ)ち火葬に依るを見る。師、晩に至って上堂(じょうどう)、前の因縁を挙(こ)す。黄檗(おうばく)便(すなわ)ち問う、古人錯って一転語(いってんご)を祇(し)対(たい)して、五百生野狐身に墮す。転転錯らずんば、箇(こ)の甚麼(なん)とか作(な)る。師云く、近前来(きんぜんらい)、伊(かれ)が与(ため)に道(い)わん。黄檗遂に近前して、師に一(いっ)掌(しょう)を与(あた)う。師手を拍(う)って笑って云く、将(まさ)に謂(おも)えり胡(こ)鬚(しゅ)赤(しゃく)と。更(さら)に赤(しゃく)鬚(しゅ)胡(こ)有るあり。
  
今日は第二則百丈野狐です。
  
百丈和尚が説法していると、いつも一人の老人がその席にいた。弟子たちが退くと老人も退いていたが、ある日そこに残っていた。そこで百丈和尚が聞いた。君は誰だ。はい、私は人間ではありません。迦葉佛の時代のこの山の住職です。その時に弟子が質問しました。本当に修行した人は、因果に落ちますか、落ちませんか。私はそれに因果に落ちないと答えました。その結果五百生狐の身に堕しています。私に代わりこの質問に答えて救ってください。そして質問した。本当に修行した人は、因果に落ちますか、落ちませんか。それに答えて因果を昧まさず。そこで老人は大悟した。礼拝して、私はもう狐の身を脱して裏山で死んでいます。和尚、弟子と同じ葬式を出してください。百丈は維那という係りをとおして弟子たちに告げた。食後に死んだ弟子を送ろうと。弟子たちは不思議に思った。みな元気で病人もいない。和尚は何故そんなことを言ったのか。食後に和尚は裏山の岩の下から一匹の狐の死体を引き出し火葬にした。百丈和尚は、その晩の説法でその話をした。黄檗が質問した。老人は答えを間違えたので狐になってしまったが、もし間違えなければどうなっていたでしょう。それに答えて、もっと近くに来なさい、君に答えよう。黄檗は百丈和尚に近づきビンタを食らわせた。百丈和尚は手を打って笑って答えた。達磨さんの鬚は赤いと思っていたが、ここに赤鬚の達磨さんがいたわい。
  
この老人は、不落因果と答えて狐になった。百丈禅師は不昧因果と答えた。この違いがはっきりと分かれば、この老人が狐になったのも実に風流である。これは同じか違うか。不楽因果ーーー、不昧因果ーーー。
不落も不昧も同じです。しかし不落と不昧は全く違う、ここが本当に分かれば、この老人が狐になったのも風流であると。この不落因果を言い換えれば、この暑い中懸命に働いている。不昧因果、一仕事終えて風呂に入ってさっぱり。きゅうりの種を蒔けばきゅうりがなり、なすの種を蒔けばなすがなります。どちらも同じ、でも全く違う。