語録提唱

語録提唱

信心銘 第六

2018-11-15

繋(け)念(ねん)すれば真に乖(そむ)き 昏沈(こんちん)して不好なり  不好なれば神を労す 何ぞ疎(そ)親(しん)を用いん  一乘に趣かんと欲せば 六塵を悪(にく)むこと勿れ  六塵を悪まざれば 還って正覚に同じ  智者は無為なり 愚人は自縛す 法に異法無し 妄りに自から愛著す 繋念すれば真に乖き 昏沈して不好なり 禅定の方法の一つに繋縁止観というのがあります。丹田に意識を置いて散乱させない。これは初心者に対する一つの方法です。これが繋念です。念を一所に繋ける。しかし三祖はそれでは真実に背くと言っている。初心者には良いが、本来はもっと自由なものです。 それでは気持が沈んでしまい、自由から遠ざ...

信心銘 第五

2018-11-15

両段を知らんと欲せば 元是れ一空 一空は両に同じ 斉(ひと)しく万象を含む 精粗を見ず 寧(なん)ぞ偏党あらんや 大道は体寛く 難無く易無し 小見は狐疑す 転た急なれば転た遅し 之を執すれば度を失し 必ず邪路に入る 之を放てば自然(じねん)にして 体に去住無し 性に任せて道に合し 逍遙として惱を絶す 両段を知らんと欲せば 元是れ一空 両段というのは、この相対的世界です。善悪、有無、損得、男女、左右。こう分別された、二つに分かれた世界が、相対世界。両段です。 相対的に出来ているこの世界は、本来、空である。空が分かれて、分節されて世界が展開している。 一空は両に同じ 斉しく万象を含む 空は相対と同...

信心銘 第四

2018-11-14

二見に住せず 慎しんで追尋すること勿れ 纔(わずか)に是非有れば 紛然として心を失す 二は一に由て有り 一も亦(また)守ること莫れ 一心生ぜざれば 万法咎(とが)無し 咎無ければ法無し 生ぜざれば心ならず 能は境に随って滅し 境は能を逐うて沈す 境は能に由て境たり 能は境に由て能たり 二見に住せず 慎しんで追尋すること勿れ 二見というのは分別された見方です。相対的見方です。善悪、生死、上下、男女。ここは二見の世界です。その相対的な見方をやめる。 一心が分別により分かれてしまう。そうするとこの世界が展開する。その二見の相対世界を離れる。 追いかけたり求めたりする事をやめる。追うも求めるも、すでに...

信心銘 第三

2018-11-14

多言多慮 転(うた)た相応せず 絶言絶慮 処として通ぜざる無し 根に帰すれば旨を得 照に随えば宗を失す 須臾(しゅゆ)も返照すれば 前空に勝却(しょうきゃく)す 前空の転変は 皆妄見に由る 真を求むることを用いず 唯須らく見を息(や)むべし 多言多慮 転た相応せず 言葉、念慮、概念、判断。そういうものでは、心、悟りには届かない。 絶言絶慮 処として通ぜざる無し 言葉を絶し、概念をやめて、分別を断つ。そうすると真っ直ぐに心のところの行く。 根に帰すれば旨を得 照に随えば宗を失す 心が皆さんの六根として働いている。ただ心というのは、自分を振り返っても見つからない。そこに見えるのは六根だけです。そこ...

信心銘 第二

2018-10-10

有縁を逐(お)うこと莫れ 空忍に住すること勿(な)かれ 一種平懷(へいかい)なれば、泯(みん)然(ねん)として自から尽く 動を止めて止に帰すれば、止更に弥(いよい)よ動ず 唯だ両辺に滞る 寧(なん)ぞ一種を知らんや 一種通ぜざれば 両処に功を失す 有を遣(や)れば有に沒し 空に随えば空に背く 有縁を逐うこと莫れ 空忍に住すること勿かれ 有縁とは、因縁によって仮にあるように見える存在、これを有と言います。この世界全てがそうです。自分も含めて。これが有です、色のことです。かりそめの存在を追い求めてはいけない。 その色は空であったと気づく。色即是空です。忍とは悟りといった意味でしょうか。しかし空の悟...

信心銘 第一

2018-10-9

三祖僧璨禅師 信心銘 至(し)道(どう)無難(ぶなん) 唯だ揀択(けんじゃく)を嫌う 但(た)だ憎愛莫(な)ければ 洞(とう)然(ねん)として明白なり 毫釐(ごうり)も差有れば 天地懸(はる)かに隔たる 現前を得んと欲せば 順逆を存すること莫かれ 違順相争う 是を心病と為す 玄(げん)旨(し)を識らざれば 徒(いたず)らに念静に労す 円(まどか)なること大虚に同じ 欠くること無く餘ること無し 良(まこと)に取捨に由る 所以(ゆえ)に不如なり 先月まで提唱した伝心法要も、この信心銘も『心』を中心においています。達磨大師がインドから中国へ来たときに、直指人心、見性成仏が旗印だった。まっすぐ心を指さ...

伝心法要 第五十

2018-09-9

問う、如何ぞ階級に落ちざるを得ん。師云く、但、終日飯を喫して未だ曾て一粒の米をも咬著せず、終日行いて未だ曾て一片の地をも踏著せず。与麼の時、人我等の相無く、終日一切の事を離れずして諸の境に惑せられざるを、方に自在人と名づく。更に時時念念一切の相を見ず、前後三際を認むること莫れ。前際去ること無く、今際住すること無く、後際来ること無し。安然として端坐し任(にん)運(ぬん)にして拘わらざるを方に解脱と名づく。努力(つとめ)をや、努力をや。此の門中千人萬人、祇、三箇五箇を得たり。若し将って事と為さずんば、殃を受くること日あること在らん。故に云く、力を著けて今生に須らく了却すべし。誰か能く累劫に余殃を受...

伝心法要 第四十九

2018-09-3

豈に見ずや、阿難迦葉に問うて云く、世尊金襴を伝うる外、別に何の法を伝うや。迦葉、阿難と召(よ)ぶ。阿難応諾す。迦葉云く、門前の刹(せっ)竿(かん)を倒(とう)却(きゃく)し著せと。此れ便ち是れ祖師の標(ひょう)旁(ぼう)(片偏)なり。甚生(いかん)ぞ阿難三十年侍者と為るも、祇、多聞智慧の為に仏の呵を被(こう)むるや。云く、汝千日慧を学せんは、一日道を学せんに如かず。若し道を学せずんば、滴水も消し難からん。 豈に見ずや、阿難迦葉に問うて云く、世尊金襴を伝うる外、別に何の法を伝うや。 君は阿難と迦葉の問答を知らないか。釈尊の死までずっと側近く仕えていた阿難は、遂に釈尊在世中には悟れなかった。一番釈...

伝心法要 第四十八

2018-09-3

若し信ぜずんば、云何ぞ明上座大庾(ゆ)嶺(れい)頭に走り来たって六祖に尋ねん。六祖便ち問う、汝来たって何事をか求む。衣を求むることを為すか、法を求むることを為すか。明上座云く、衣の為に来たらず、但、法の為に来る。六祖云く、汝且つ暫時(しばらく)念を斂(おさ)めて善悪都て思量すること莫れ。明乃ち語を稟く。六祖云く、不思善不思悪、正当与麼(よも)の時、我に明上座が父母未生時の面目を還し来れ。明、言下に於いて忽然として黙契す。便ち礼拝して云く、人の水を飲んで冷暖自知するが如し。某(それ)甲(がし)五祖の会中に在って枉(ま)げて三十年の功夫(くふう)を用い、今日方に前非を省す。六祖云く、是の如しと。此...

伝心法要 第四十七

2018-08-15

問う、六祖経書を会せずして何ぞ衣を伝えて祖と為るを得たる。秀上座は是れ五百人の首座、教授師と為って三十二本の経論を講義得す。云何ぞ衣を伝えざる。師云く、他は有心なるが為に、是の有為法の所修所証を将て是(ぜ)と為せばなり。所以に、五祖六祖に付す。六祖当時(そのかみ)、祇是れ黙契し、密に如来甚深の意を授(つた)うることを得たり。所以に法を付して他に与う。汝道うことを見ずや、法の本法は無法なり、無法の法も亦法なり。今無法を付する時、法法何ぞ曾て法ならんと。若し此の意を会せば、方に出家児と名づけん。方に良し修行せんに。 問う、六祖経書を会せずして何ぞ衣を伝えて祖と為るを得たる。 六祖慧能は、文字を読め...